個展『道路』主旨説明

田舎の道路は、運転がたのしかったのです。景色はいいし、渋滞はないし、整備はゆきとどいているし。それは気楽な温泉旅行の、ついでにおぼえた娯楽でした。それがいつの間にか、道路を鑑賞するようになりました。

道路はかっこいいのです。

橋やトンネルの偉業におどろき、絶景にめぐりあい、風雪にもみまわれました。孤独な山村を通過したり、壮大な開発現場にでくわしたりもしました。

やがて必然的に、国家という存在にまで意識がおよびました。国家が道路を敷設するのではなくて、道路の敷設が国家を成立させるのだ。昔の日本人はゆたかな未来を夢にみて、自由で安全な道路網を計画した。けれど彼らの理想は、実現したのか。日本という国家は今、何をしようとしているのか。そんな大上段の疑問までがうかんでくるのでした。

それは道路が、現実の風景をみせてくれるからです。

情報に強迫されて情報にしがみついて、私たちの毎日はすぎていきますが、世界を成立させているのが記号だけであるなんて、やはり勘ちがい。人の往来や、物の出入があってはじめて、この世がある。道路が整備されていてこそ、この国がある。

道路は、社会的な位置づけからすると写真撮影などよりも、むしろ議論の対象にこそふさわしいのですが、私はその任にたえず、この制度の重大な意味にひきよせられながら、おそれながら、道路に目をうばわれています。